『漂泊民への鎮魂歌にしみじみ・・・・・(ネタバレあり)』
サンカ、と言われていた人たちに興味があったので買ってよんでみた。彼らについて1冊費やして書かれた本を読むのは初めてだった。
そしてこの本が非常に良質なルポルタージュであり、ノンフィクションであり、またアカデミック寄りな視点をぶらさないものであったために、読んでいて拒否反応も起こらず、むしろ夢中になって3日ほどで読んでしまった。この本を読んだ後、なにかサンカの人たちに関する自分の内のイメージが良くも悪くも完結してしまったようで、他の「サンカ本」を読む気がしなくなってしまったほどである。
著者自身があとがきで語る通り、漂泊民への賛歌(オマージュ)であり、また鎮魂歌(レクイエム)たり得る一冊になっており、読後しみじみとした感慨を覚えた。
余談ではあるが、被差別部落への真摯かつ精確なルポルタージュとしての面もあり、現在の利権に堕した部落解放運動がいかに真実の歴史の記録を破壊してきたかも痛感させられた。著者はそのことをどう思っておられるのだろうか。
そういった感想を踏まえての疑問なのだが、筆者の説である「サンカ天保の大飢饉以後発生説」は確かに私もそうだと思ったが、それでも彼らは100年余り存続したことになる。下世話な話かもしれないがその4?5代ほどを続けるには家族以外の他人と性行為して子供をつくらねばならない。他のコミュニティはサンカと結婚するのを極度に嫌がったであろうから、やはりサンカ同士の横のネットワークが広かったのだろうか。サンカ自体の文化的特異性が低いのなら、他の「山の民」や被差別部落との関係性をさらに掘り下げて、かれらがどうやって短いながらも子供をつくり育て、次世代へとつなげていったのかという素朴な疑問にも、さらに納得できる答えが欲しかった。むしろサンカとは、他の山の民のコミュニティにとって「違う遺伝子」を運んできてくれる存在価値を持っていたのかもしれない。
それと私は三角寛という人物をまったく知らない世代なので、彼のサンカ論の検証に1章が費やされているのにも違和感を覚えたほどだったが、結局彼のサンカ論が「トンデモ」らしいというのだけはわかった。もちろん著者はもっとジェントルな表現をされている。ただそれならいまだに出てくる「サンカ文字」はもちろん、本書にも転載されている写真も全て疑ってかからねければならないのだろうか。どうせならこれはホントだけれどこれはウソ、とはっきりスタンスを決めて欲しかった。
どうしても「サンカ先住民末裔説」に固執したい方にはお薦めできないが、ニュートラルな興味を持つ方にはぜひ読んで欲しい名作である。