『今でも「聞くことが出来る」演奏』
嘗ては、風貌と相俟って、余りに伝統と自らのスタイルを崩さない指揮者として、実力は評価されても、日本では人気は、今ひとつの指揮者だったクレンペラーだが、30年来のファンとしては、彼の時代が来た!とさえ言いたい。第九を聞くなら、この演奏に限る。ハンス・ホッターらの独唱者の名唱と共に、再現不可能な品格と迫力を保つ名演中の名演。この演奏に比べると、伝説的なフルトヴェングラーも、伝説的なだけに却って、今となれば古臭く、陶酔し過ぎて雑になった点が、気になる。生誕100年のカラヤンは、今となれば、チンドン屋か、軍楽隊の演奏に聞こえる。でも、揺るがない、しっかりとした立場を堅持したクレンペラーはこの演奏に限らず、恒久的な新しさを感じる。古楽演奏やグールドの演奏が出ても、クレンペラーのバッハは、今も同じように古くならない。彼のベートーベンも、マーラーも、ワグナーも今でもちっとも古くない。エルンスト・ブロッホらとの交流にも見られるように、単なる「芸人」ではない音楽学者の側面が、演奏のバックボーンを支えているのだろうか。彼のマイスタージンガーの全曲があれば聴いてみたいものだと思う。昔、「タイム」がクラシックと絵画のアンソロジーをレコード付で出していたが、多くはクレンペラーの演奏だったのは、慧眼だった、とにかく、これからクラシックを聴く人は、彼の演奏から始めるのが良いと思う。